M君へ
(青井先生が亡くなったことを知って)
「オレたちの流した涙の種類は大きく違う。
彼女の涙は純粋に肉体的な涙で、
オレのは涙は純粋に精神的な涙だ。
だけど、どっちもそれが涙であることに変わりはない。
涙は涙だ。
どちらも結局は塩っぱい水でしかない」
あなたに初めて会った頃、私はあなたを「お行儀の悪い子供」だと思っていました。
だけど、それは間違いで…本物の狂犬は私の方だったのだと思います。
あの頃の私は、誰に対してもケンカ腰で誰に対して常に本気で自分の意見をぶつけまくっていましたから。
真面目に私の話を聞いている人間なんて一人もいないのに。
外面とは関係なく本質的に礼儀正しかったのはあなたの方で、だからあなたは残り、私はあそこから消え去りました。
それは全て当たり前の成り行きでした。
しかし私は何一つ後悔はしていません。
私は今でもアートをやるということは、絶対にファイティングポーズを崩さないことだと思って生きています。闘う意志を決して失わないということです。
いつでもどこでも誰に対しても。
もちろんこの考えは間違っています。
そういう考えでいるから、私はいつでもどこでも孤立するしかなくなるのです。
だけど、これが私が受け入れるべき呪いなのです。
私はそれを受け入れて、死ぬまでそうして生きていくしかありません。
芸術家はそれぞれ…その人が本当に芸術家ならば、それぞれが自分だけの「呪い」を受けています。
それぞれの人がそれぞれ個別の「地獄」を抱えて生きています。
そして、お互いの呪い、地獄の苦しみを理解することはできない。
個人の肉体の痛みを他人が理解することができないように。
私にはあなたの「呪い」もあなたが感じている「地獄の苦しみ」も理解できません。
あなたが私のそれらを理解できないように。
だから、あなたはあなたの「呪い」とともに健やかに生きていって下さい。
私も私の「地獄」と暮らしていきます。
ただ1つ寂しいなあと思うのは、あなたはきっと死んだら向こうの世界で青井さんに会えるのでしょうが、私は死んでも絶対にお会いすることはできないということです。
狂犬の私は天国へは入れないのです。
私は独りで寂しいところへ行くのでしょう。
だからいつかあなたが向こうで青井さんに会った時には、よろしくお伝え下さい。
青井さんは私のことは覚えていないでしょうが、私は青井さんを覚えていますので。
受けたご恩も、食事をご馳走になったことも、お仕事を見せていただいたことも、特に仕事に対する真摯な姿勢を間近で見せていただいたことを忘れていません。
私は不幸にしてたくさんの舞台演出家の仕事場を見ることになりましたが、本当にプロフェッショナルな演出家として尊敬できるお仕事をなさっていたのは青井さんだけだったと思います。
「ごめんなさい。ありがとうございました。」
そう青井先生にお伝え下さい。
どうか…よろしくお願い致します。
吉村八月 拝