ジゴクの続き

大切なのは、「理解していないのに判ったフリをしてはいけない」ということだと思います。

理解できないことは、ただ理解できないのだと受け入れるしかないのでしょう。

 

私は兄が理解できません。

兄の生き方、人生、何もかもが。

 

兄が倒れてから、兄の会社の資料を探すために兄の部屋の中を捜索しなくてはいけなかったり、兄の同僚とお話しさせていただいたり、兄の会社に行って私物を引き取ったりしました。

 

判ったことは、兄がいかにその場しのぎだけのいい加減で不摂生な生活をしていたかということだけで…その生活に寄り添う兄の心情は全く理解できません。

 

そして…私にはもう兄を理解することはできなくなりました。

 

担当医から、兄の回復は見込めないということがはっきりと示唆されました。

このまま植物人間状態が続くだけで、意識が戻ることは無い。

むしろ、植物人間として生き続けるというのが最良の状況であって…病状の悪化によってはあっさり死ぬ可能性もある…。

 

後は一つ一つ淡々と…やらなくてはならない処理作業をやっていくしかないそうです。

 

こんな状況の中で…とある美術館の企画展の招待券をいただきました。

その展覧会のテーマは…『地獄』。

 

シンクロニシティ

こうやってキーワードとしてまた『地獄』がやって来るのは、もはや笑うしかありません。

 

死んだ先にあるのが地獄なのではなく、今ココにあるのが地獄なのでしょうね。